ある現実に直面したとき
人によってまったく引き寄せる結果が違う理由を
NLPから解き明かしていきます。
自分にとって難しい課題に出会った時に
柔軟に対処できる人がいますよね。
そういう人は、
自分が行動する際にいくらでも道があることに
気がついています。
一方で、
自分には、ほとんど選択肢が残されていないように感じたり
どんなアイデアもアドバイスにも、
魅力を感じられない人もいます。
なにがこの二人を分けるのでしょうか?
この基礎を押さえることで
あなたはこれまでとは違った視点で
自分と他人を考えることが出来るようになります。
そして自分を変化させて
より素晴らしい生き方をすることの
手立てが見えてくるでしょう。
あなたが作り出した意識の地図
現実の世界と、それを体験している私たちとの間には
縮められない隔たりがあります。
まずはこのことを理解する必要があります。
ひとりひとりが、自分なりに
この世界はどんな場所なのかという、意識の地図を
作り上げているのです。
そして
意識の地図手がかりに、行動を起こしています。
意識の地図のことを、「外界モデル」と呼びます。
私たちが体験している現実は
「外界モデル」と呼ばれる自分なりの地図でしか
理解できないのです。
外界モデルについて
本当に届けたいNLP(神経言語プログラミング)の考え方|魔術の構造
だから同じ現実を目の前にしても
ひとりひとりが違う体験をしていると言えるのです
ひとりひとりが少しづつ異なる世界の住人なのです。
ひとりひとり「外界モデル」を持っている。
ひとりひとり「地図」を持っている。
その数だけ、考え方や、解釈の違いが生まれます。
何が正しいことで、何が有効なやりかたなのかも、違います。
でも忘れてはならないのは
その「地図」は、あくまでも本人が創りだした想像であって
現実そのものではない、ということです。
「地図」は、あなたはなりの生き方を選択していくときに
便利なものです。でも、それ以上のものではないのです。
外側の世界と、あなたが持っている地図は、
似ているけど、同じではないのです。
あなたを囲む3つのフィルター
外側の世界と、あなたが持っている地図は、
似ているけど、同じではないということを
いまから3つのフィルタリングとして
説明していきます。
3つのフィルタリング
- 神経学上のフィルタリング
- 社会的な フィルタリング
- 個人的なフィルタリング
まず神経学上のフィルタリングについて
人間の神経系について考えてみましょう。
1:神経学上のフィルタリング
私たちは外部の情報を五感で捉えます。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚です。
すでにこの五感情報の段階で、制約を受けているのです。
私たちには現実として存在しているにも関わらず
見えないし聞こえないし触れてもわからないことがあるのです。
たとえば聴覚については、
毎秒20サイクル以下の音波、そして毎秒20,000サイクル以上の音波は
私たちには聴き取れません。
でも現実には、その周波数の音波が飛び交っています。
私たちには、その現実が聴き取れません。
視覚については
人間は380〜680ミリミクロンの間にある波形しか見えません。
それ以上であったり、それ以下の波形は、私たちには見えないのです。
これはDNAで決まっている制約です。
また、触覚についても
人間の皮膚が、表面の2ヶ所で触れられていることが解る能力は
それをどこで感じるのかという
身体の部位によって極端に異なります。
たとえば、2本のペン先を使って小指に刺激を与えるとします。
ためしてみると解りますが、かなり近い距離になっても
異なる2地点としてペン先を感じられます。
でも上腕部では、まるで感性が鈍ります。
小指でためした距離の30倍にまで2本のペン先を離さなければ
2本のペン先ではなくて、一つのペンで触られたように感じてしまいます。
2本で触れたのか、1本のペンで触れたのか
現実の物理的世界では、はっきりとした違いのある現象でも、
私たちが体験としてとらえた瞬間に、ひどく曖昧なものに変わるのです。
現実の世界と、私たちの体験の世界(地図)には
埋められない隔たりがあるのです。
私たちの神経系は、現実の世界の一部を切り取ったものに過ぎないのです。
だから私たちが経験することには限界がある、ということです。
これが神経系によるフィルタリングです。
神経系で
もうひとつ、いきましょう。
脳は、うけとった神経系の情報を
すべてあなたに届けているわけではないのです。
先ほど書いたような神経系のフィルタリングがありながらも
人間が潜在的に受け取っている感覚情報は
1秒間あたり11,000,000ビットもあるとされています。
人間は、どの瞬間でも、それまで起きたすべてのことを思い出すことが可能だし
宇宙のどこであってもさまざまな事を知覚することは可能です。
だからこそ、スピリチュアリティ(精神世界)は
私たちに、さまざまな可能性を開いてくれると
私は感じるんですよね。
ただし、です。
脳と神経系は、あなたが生きていくためには直接関係ない情報だとして
大部分を遮断するように出来ています。
これもフィルタリングです。
だからこそ、
今必要なものだけに焦点があたるように、
集中させてくれているのです。
フィルタリングがなくなると
いまこの瞬間に11,000,000ビットもの情報の洪水に襲われて、あなたも私も
正気を保っていられないでしょう。
私たちが顕在意識で扱える情報は、せいぜい200ビット程度だとされています。
この文章を読んでいる瞬間、
あなたの脳は1秒あたり約200ビットの処理を行っています。
そのうち、読むこと自体に費やされるは50ビット。残りは聴覚、視覚、嗅覚に使われています。
生物学的に生き残るためには
その脳と神経システムのバルプを弱めて膨大な量の記憶を漏斗に通さなければならない。
その漏斗の端から出てくるものは,とくにこの地球という惑星で生きていくために必要な,
ぽたぽた落ちる程度の必要最小限度の意識なのだ。
人間は、情報をなんとか最適に扱えるようにするために
言葉を発明したのです。
すべてをあるがままに、わーーーと受取るのではなく
言葉によって、「椅子」「手帳」「机」「ペン」などのように
膨大な事象から一部を切り取って認識し、
伝え合えるようにもなってきたのです。
言葉によって、一気にこの世界はあつかいやすくなりました。
よく解らないものに出逢っても、
言葉によって理解したり、説明できると
私たちは安心します。
皮肉なことに
現実の一部を切り取ったものにすぎない言葉を持つことで
私たちは意識がとっても狭められたのも事実です。
言葉で表されたものが世界の全てであり
言葉が私たちを混乱させているのです。
言葉が魔法のように、力を持ち始めたのです。
私たちは
世界の一部を言葉によって切り取り
切り取った言葉で自分の地図を描きます。
そしていつしか言葉で創られた地図が
現実の世界そのものであると誤解していくのです。
2:社会的なフィルタリング
社会の一員であることがすでにフィルタリングになっています。
その社会ならではの一般常識がありますよね。
たとえば、日本を訪れる外国人は
何を見ても珍しいし、
私たちが当たり前だと思っているものが新鮮です。
私たちが海外に旅行した場合も、同じですよね。
たとえば、チップという習慣が当たり前のアメリカでは
適切なタイミングでお店のスタッフにチップを渡します。
でもそんな習慣がない日本人旅行者は
慣れないうちは、チップの金額も渡すタイミングも迷います。
それぞれの国で、当たり前だと思っていることが
社会的なフィルタリングです。
国というレベルではなくても
地域レベル、組織レベル、ご近所レベルでの
常識があると思います。
それも社会的なフィルタリングです。
私たちが現実を体験するときに
異なる社会に属する人たちは
それぞれ、何かにつけて
まったく異なる受け取り方をするものです。
あと、
さきほども登場しましたが
言語は社会的フィルタリングにもなります。
北カリフォルニアのインデアンが使う
マイドゥ語では、虹色を説明する単語が3つしかないそうです。
人間は750万もの色を、神経系で受け取れるのですが
英語では、虹色を8つの色であらわすのに対し
マイドゥ語では3つしかないという差があるのです。
極端なことを言えば
マイドゥ語を母国語として話す人は
虹を見ても3色にしか見えないということです。
ほんとうでしょうか。
にわかには、信じられないですね。
でも考えてみてください。
あなたは色の名前をいくつ言えますか?
私はたぶん、8色くらいです。
ですから
たとえば、服装の説明をするときは
赤いシャツを着た人がいて
青い色のジーンズを履いていた。
・・・という程度のことしか言えません。
でも
色彩の感覚が豊かな人ならどうでしょうか。
私より
色についての言葉をたくさん知っています。
ゼラニウムのシャツを着た人がいて、
いや、どちらかと言えばピオニー・レッドが近いかな。
オメガブルーのジーンズを履いてました。
なんて表現をするかも、知れません。
色の名前って
いろいろあるんですよ。
http://iroempitsu.net/zukan/name-y01.htm
おそらく私もあなたも
色の名前を覚えた量に応じて
現実で出会う色彩の種類も増えていくでしょう。
以前は見えなかった色の差異が
言葉を知ることで
わかるようになっていくからです。
それが言葉の魔法なんです。
3:個人的なフィルタリング
神経学上のフィルタリングは
普通の状況ではすべての人間に共通です。
社会的なフィルタリングは
ある1つの社会一言語コミュニティーのメンバーにとっては同じものでも、
それ以外に多くの異なる社会一言語コミュニティーが存在します。
さて
神経系のフィルタリングと
社会的なフィルタリングだけでも相当の
地図のバリエーションが出てきたと思いませんか?
人それぞれ、
受け取っている現実が違うので
個人の地図は本当にバリエーションに富んでいます。
最後はこれ
個人的フィルタリング。
どんな人にでも、個人的な人生の歩みがあります。
それは例えば指紋と同じように、その人にしかない独自のものなんです。
あなたと似ている人はいるかも知れないけど、
あなたとまったく同じ人生を歩んできた人はいません。
私たちがもっている地図は、
まさに個人の歴史に一番大きな
影響を受けているのです。
好きなもの、嫌いなもの
得意なこと、不得意なこと、などなど
この個人的なフィルタリングによって
それぞれの人が、同じ出来事を前にしたときの
反応の違いが生まれます。
柔軟に乗り越える人もいれば
同じ方法を繰り返すばかりの人が
いるかも知れません。
今までの経験では,我々のところに治療に訪れる人は決まって苦痛を抱え,
自分が 無力であるように感じ,自分の人生においては,もはや行動に選択肢もなく
自由も奪 われていると感じている。彼らについて気付いたことは,
現実世界自体は,それほど制限されているわけでも選択肢がないわけでもないということだ,
ただ彼らは自分の外界モデルの中でそれが得られないために,
日の前に広がる選択肢や可能性を自分で見えないように塞いでいるということである。魔術の構造より
同じ現実を前にしたとき
どうして反応が違っているのかは
地図の違いなのです。
私たちは
神経系フィルタリングによって
現実をありのままに体験することができないのです。
そして
社会的なフィルタリングによって
自分の身近な社会にそった考えや
振る舞いを、無意識にやっています。
そして極めつけは
個人的フィルタリング。
これで、そのひとならではの
地図が出来上がっていくのです。
NLPの考え方はこうです。
自分で痛みや苦しみをもち続けてしまう人がいるのは
なぜかを理解するためには
まず,彼らはおかしいわけでも病人でもない
ということに気付くことが重要です。
人はだれもが
自分の意識のなかでは最良の選択をしているんです。
言い換えれば
本人の地図の中で、出来る限りの最良の選択をしているのです。
たとえあなたにとって
どんなに奇妙に思えてもです。
その人の地図から出てきたことを考えれば
どのような地図をもっているのかを
愛情をもって観察していけば
見えてくるものが沢山あります。
実はインナーチャイルドにも関係している
それはインナーチャイルドにむける
眼差しでも同じことが言えるんです。
インナーチャイルドは
彼らなりの地図を持っています。
(あなたの地図でもあります)
あなたのインナーチャイルドは
もしかしたら、
あなたの感情の癖や
思い癖として現れているかも知れません。
それでも、
インナーチャイルドなりに
ベストだと思うからそうしているのです。
インナーチャイルドにせよ
あなたが出逢った悩める人にせよ
唯一の難点は、
間違った選択をしているということではありません。
唯一の何点は、
充分な選択の幅をもたないことです。
もしあなたがうまく行っていないと感じたときは
あなたの焦点が、世界の豊かなイメージを観ていない
ということ、ただそれだけなのです。
何を観るべきなのか、感じるべきなのか
充分な選択の幅を持ち始めると
悩みは一気に解消へと向かうでしょう。
私たちは独自の地図の世界を生きてます。
その世界に
豊かなイメージを観るためのフィルタリングも
不毛で貧困なイメージを観るためのフィルタリングも
どちらもフィルタリングという意味では
まったく同じプロセスです。
誰であろうと
この瞬間から、どちらでも望む方を
選びとる能力があることを思い出して下さい。
あなたは、あなたの地図を作ることで人生を作るのです。
そして、作った地図は
望みさえすれば、いつでも変化させることもできるのです。
奈美
@
とても面白かったです。魔術の構造を読んでみたいと思いました。
なるほど、みんな、自分の地図をもち、自分が作った地図だからこそ、自分の意思でいくらでも変えられる、ということが腑に落ちました。
くにさき
@
奈美さん、ありががとうございます^^
その通りです。
みんな自分の地図を持っているのです。
そして、地図は自分でアレンジできます。
だからこそ、
私たちの生き方の自由さが
保証されているのです^^